私たちの想い

私たちの想い

株式会社YORII 代表取締役 大谷代何
株式会社YORII
代表取締役 大谷代何
私の母は73歳の頃から介護が必要になりました。
一人っ子で母親っ子だった私は、最初は同居で、その後、家の近くに部屋を借りて、私が通う形でデイサービスなどを利用しながら過ごしていました。母もそんな生活を楽しんでいましたが、ある日足を骨折してから、些細なことで救急車を頻繁に呼んだり、周りに迷惑をかけるようになっていきました。なんとか在宅介護の道を模索しましたが、仕事に追われていたため、母とも話し合い、母は施設で生活することになりました。
その後約10年間、頻繁に母の元に通い介護をしてきましたが、肺炎で救急病院へ搬送されたことをきっかけに食事が摂れなくり、施設には戻ることができず、早急に今後の生活場所を探さないといけなくなりました。当時はコロナ禍だったため、母には救急病院で奇跡的に1度会えましたが、そこからはしばらく会えず、母の容態は病院から一方的にかかってくる電話で知るのみという辛い日々の中、なんとか入院できる慢性期の病院を探すことができました。
しかし、その病院では、面会は月1度許されていたものの、その頃には母は私のことも分からなくなっていました。当時2歳と4歳の子育て真っ最中だった私は、ショックな気持ちを切り替えることだけでも精一杯でしたが、病院から、食事のリハビリをするのかしないのか、点滴は入れるのか外すのか、など、たくさんの選択を求められ、眠れない日々を送りました。
母はそれから程なくして亡くなりましたが、たとえ、私のことが分からなくても、在宅看護を利用して、孫たちの声を聞かせたり、笑顔が見たかったという思いは消えず、余裕がなくその選択ができなかった自責の念に今もさいなまれています。

母を在宅看護してあげられなかった後悔と、さまざまな介護サービスを利用者として見てきた経験から、介護される人も、する人も、どちらも笑顔でいられるような場所を作りたいという思いから、このクレア訪問看護リハビリステーションを立ち上げました。
ご利用者様、ご家族様が安心して笑顔でいられる場所作りを、皆さまと共に考え、実現していきたいと強く思っています。
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